ありがとうございます!
私の「聴く」が、あなたに「効く」
そして、それが、あなたの「輝き」に変わります。
「あなたの働き方改革コンサルタント」の 嘉藤真弘です。
「感染症とは
僕らのさまざまな
関係を侵す病だ」
パオロ・ジョルダーノです。
私は、
「コロナの時代の僕ら」に出会ってしまったのです。
今日も、
その二つ目のエッセイ「おたくの午後」を紹介します。
昨日の続きです。
数学おたくのジョルダーノです。
自ら自業自得といわれるのです。
でも、この瞬間、
数学は単なるおたくの暇つぶしではなく、
現在進行中の事象を理解し、
自分の受けた暗示の数々を振り払うために欠かせぬ道具となっている。
感染症の流行はいずれも医療的な緊急事態である以前に、
数学的な緊急事態だ。
なぜかと言えば、
数学とは実は数の科学などではなく、関係の科学だからだ。
数学とは、実態が何でできているかは努めて忘れて、
さまざまな実体のあいだの結びつきとやり取りを文字に関数、ベクトルに
点、平面として抽象化しつつ、描写する科学なのだ。
そして感染症とは、僕らのさまざまな関係を侵す病だ。
これまでにない感受性ではありませんか?
この災いに立ち向かうために、
僕らは何をするべきだったのだろう。
何をしてはいけなかったのだろう。
そしてこれから、何をしたらよいのだろう。
コロナの時代を生きる人々へ
イタリアを代表する小説家が贈る、
痛切で、誠実なエッセイ集です。
明日もジョルダーノの感染症の数学をお伝えします。
2020年08月17日
Nel contagio 6
posted by 嘉藤 真弘 at 00:53| Comment(0)
| その他
2020年08月16日
Nel contagio 5
ありがとうございます!
私の「聴く」が、あなたに「効く」
そして、それが、あなたの「輝き」に変わります。
「あなたの働き方改革コンサルタント」の 嘉藤真弘です。
「感染症とは
僕らのさまざまな
関係を侵す病だ」
パオロ・ジョルダーノです。
私は、
「コロナの時代の僕ら」に出会ってしまったのです。
今日は、その二つ目のエッセイ「おたくの午後」を紹介します。
まずはそのまま引用します。
高校の最初の二年間、ひたすら数式を整理して過ごした午後のことは
今もよく覚えている。
教科書から物凄く長い記号と数字の列を書き写し、
一歩一歩、式を変形し、
0、−2分の1、α二乗、
といった簡潔でしかも理解可能なかたちにしていく。
窓の外が段々と暗くなり、風景が消え、
やがてランプに照らされた僕の顔がガラス窓に浮かび上がる。
平和な午後の数々。
それは、秩序のシャボン玉だった。
自分の心の中のこともーーー
とりわけ中のほうだったがーーー
なにもかもが混沌に向かうように思えたあのころの僕にとっては。
いかがですか?
かなりの数学おたくと思いませんか?
でもこうしたある時期、私たちも、
数学にはまることってあったのではないでしょうか?
さて、もう少しこのおたくぶりをお伝えしましょう。
コロナにつながらないといけません。
文章を書くことよりもずっと前から、
数学が、不安を抑えるための僕の定番の策だった。
今でも朝起きてすぐ、その場で思いついた計算をしてみたり、
数列をつくってみたりすることがあるが、
たいていそれは、何か問題があるときの症状だ。
そんな僕はおそらく、
数学おたくと呼ばれても仕方のない人種なのだろう。
別に構わない。
気まずいが、まあ、自業自得ということにしておこう。
長くなりましたので、今晩続きを記載しますね。
新築営業の皆さん、リフォーム営業の皆さん!?
コロナとどのように向き合っていますか?
パオロ・ジョルダーノの見解をつかんでみてください!
研ぎ澄まされた感受性を感じませんか?
私の「聴く」が、あなたに「効く」
そして、それが、あなたの「輝き」に変わります。
「あなたの働き方改革コンサルタント」の 嘉藤真弘です。
「感染症とは
僕らのさまざまな
関係を侵す病だ」
パオロ・ジョルダーノです。
私は、
「コロナの時代の僕ら」に出会ってしまったのです。
今日は、その二つ目のエッセイ「おたくの午後」を紹介します。
まずはそのまま引用します。
高校の最初の二年間、ひたすら数式を整理して過ごした午後のことは
今もよく覚えている。
教科書から物凄く長い記号と数字の列を書き写し、
一歩一歩、式を変形し、
0、−2分の1、α二乗、
といった簡潔でしかも理解可能なかたちにしていく。
窓の外が段々と暗くなり、風景が消え、
やがてランプに照らされた僕の顔がガラス窓に浮かび上がる。
平和な午後の数々。
それは、秩序のシャボン玉だった。
自分の心の中のこともーーー
とりわけ中のほうだったがーーー
なにもかもが混沌に向かうように思えたあのころの僕にとっては。
いかがですか?
かなりの数学おたくと思いませんか?
でもこうしたある時期、私たちも、
数学にはまることってあったのではないでしょうか?
さて、もう少しこのおたくぶりをお伝えしましょう。
コロナにつながらないといけません。
文章を書くことよりもずっと前から、
数学が、不安を抑えるための僕の定番の策だった。
今でも朝起きてすぐ、その場で思いついた計算をしてみたり、
数列をつくってみたりすることがあるが、
たいていそれは、何か問題があるときの症状だ。
そんな僕はおそらく、
数学おたくと呼ばれても仕方のない人種なのだろう。
別に構わない。
気まずいが、まあ、自業自得ということにしておこう。
長くなりましたので、今晩続きを記載しますね。
新築営業の皆さん、リフォーム営業の皆さん!?
コロナとどのように向き合っていますか?
パオロ・ジョルダーノの見解をつかんでみてください!
研ぎ澄まされた感受性を感じませんか?
posted by 嘉藤 真弘 at 15:09| Comment(0)
| その他
2020年08月15日
Nel contagio 4
ありがとうございます!
私の「聴く」が、あなたに「効く」
そして、それが、あなたの「輝き」に変わります。
「あなたの働き方改革コンサルタント」の 嘉藤真弘です。
「感染症とは
僕らのさまざまな
関係を侵す病だ」
パオロ・ジョルダーノです。
私は、
「コロナの時代の僕ら」に出会ってしまったのです。
「空白の時間」???を使って文章を書くのです。
パオロ・ジョルダーノです。
僕はこの空白の時間を使って文章を書くことにした。
予兆を見守り、
今回のすべてを考えるための理想的な方法を見つけるために。
時に執筆作業は重りとなって、僕らが地に足をつけたままでいられるよう、
助けてくれるものだ。
でも別の動機もある。
この感染症がこちらに対して、
僕ら人類の何を明らかにしつつあるのか、
それを絶対に見逃したくないのだ。
いったん恐怖が過ぎれば、
揮発性の意識などみんなあっという間に消えてしまうだろう。
病気がらみの騒ぎはいつもそうだ。
「空白の時間」???を使って文章を書くのです。
パオロ・ジョルダーノです。
冷静な、
時の流れをつかんでいるパオロは続けます。
読者の皆さんがこの文章を読むころには、
状況はきっと変わっているだろう。
どの数字も増減し、感染症はさらに蔓延して世界の文明圏の隅々にいたるか、
あるいは鎮圧されているかもしれない。
だが、それは重要ではない。
今回の新型ウイルス流行を背景に生まれるある種の考察は、
そのころになってもまだ有効だろうから。
なぜなら今起こっていることは偶然事故でもなければ、単なる災いでもないからだ。
それにこれは少しも新しいことではない。
過去にもあったし、これからも起きるだろうことなのだ。
パオロ・ジョルダーノ
研ぎ澄まされた感受性を感じませんか?
明日も続けます。
私の「聴く」が、あなたに「効く」
そして、それが、あなたの「輝き」に変わります。
「あなたの働き方改革コンサルタント」の 嘉藤真弘です。
「感染症とは
僕らのさまざまな
関係を侵す病だ」
パオロ・ジョルダーノです。
私は、
「コロナの時代の僕ら」に出会ってしまったのです。
「空白の時間」???を使って文章を書くのです。
パオロ・ジョルダーノです。
僕はこの空白の時間を使って文章を書くことにした。
予兆を見守り、
今回のすべてを考えるための理想的な方法を見つけるために。
時に執筆作業は重りとなって、僕らが地に足をつけたままでいられるよう、
助けてくれるものだ。
でも別の動機もある。
この感染症がこちらに対して、
僕ら人類の何を明らかにしつつあるのか、
それを絶対に見逃したくないのだ。
いったん恐怖が過ぎれば、
揮発性の意識などみんなあっという間に消えてしまうだろう。
病気がらみの騒ぎはいつもそうだ。
「空白の時間」???を使って文章を書くのです。
パオロ・ジョルダーノです。
冷静な、
時の流れをつかんでいるパオロは続けます。
読者の皆さんがこの文章を読むころには、
状況はきっと変わっているだろう。
どの数字も増減し、感染症はさらに蔓延して世界の文明圏の隅々にいたるか、
あるいは鎮圧されているかもしれない。
だが、それは重要ではない。
今回の新型ウイルス流行を背景に生まれるある種の考察は、
そのころになってもまだ有効だろうから。
なぜなら今起こっていることは偶然事故でもなければ、単なる災いでもないからだ。
それにこれは少しも新しいことではない。
過去にもあったし、これからも起きるだろうことなのだ。
パオロ・ジョルダーノ
研ぎ澄まされた感受性を感じませんか?
明日も続けます。
posted by 嘉藤 真弘 at 21:04| Comment(0)
| その他